台長コラム ときどき土佐日記

2013年4月アーカイブ

仙台市天文台を訪問された方はご存知と思いますが、天文台のスタッフは赤いつなぎのユニフォームを着用しています。似合っているかどうか気になるところですが、新しいお客さんがあると、最初に話題になるのがこのユニフォームです。「良く似合う、宇宙飛行士みたいでかっこいい」とお世辞を言ってくれる人、「車の整備ですか」と揶揄する旧友、反応は様々です。

 若者やスタイルの良い人が着た姿は、たしかにかっこよく、あるいは「かわいく」見えます。しかし、私が「その気」になって鏡に向かうと、鏡に映った姿を適切に表現する言葉が見つかりません。やはり「油汚れがないのが少し不自然」でしょうか。

 実は、この赤いつなぎのユニフォームはARATAこと井浦新さんのデザインです。有名な俳優・ファッションモデル・ファッションデザイナーのデザインですが、しばらくの間、私はその「ありがたみ」を十分に理解せずに着ていたようです。

 先日、その井浦新さんがNHK・Eテレの「日曜美術館」に出演しているのを拝見しました。「日曜美術館」は昔からよく見ている好きな番組ですが、今年度からアラタさんがレギュラー出演するということ、うれしいニュースです。落ち着いた静かな話しぶりは、美術番組にふさわしく感じました。ということがあって、アラタめて(見て!)赤いつなぎのユニフォームを一層身近に感じています。

 ユニフォームは日本語では制服、制服といえば最も身近なものは学校の制服でしょう。学校の制服については、昔から生徒指導・管理の問題として、あるいはファッションの問題として様々な議論がありましたが、先日、今も制服が厳しくチェックされる学校の話を聞きました。

 そこで思い浮かんだのが、「毎年この季節になると、憂鬱になる。花粉症のせいもある。が、なによりもファッションがこの季節には、いつも管理の問題とからめて話題になるからだ。」という哲学者の鷲田清一さんの言葉です。これは『新編 普通をだれも教えてくれない』(ちくま学芸文庫)の言葉ですが、この本の中の「学校と制服1」(1996年)、「学校と制服2」(1997年)で学校と制服、服装に関する興味深い考察が述べられています。学校の制服を語るとき、ぜひお読みいただきたい本です。

 鷲田さんは、著作物を通じての「(片思いの)友だち」ですが、昔から敬愛している哲学者です。その鷲田さんが、今年度から仙台メディアテークの館長に就任されました。うれしいニュースです。

 ということで、井浦新さんと鷲田清一さんのニュースがうれしかったので、ユニフォームについて書いてみました。

 ユニフォームは任務や仕事を首尾よく遂行するための衣服ですが、私たちの場合、来館者に見てもらうものでもあります。まず、来館者が一目見てスタッフとわかり、近づきやすいこと。そして、天文台の施設や背景に調和し、来館者に好感を与えるものが望ましいと思います。来館者の声を聴くと、赤いつなぎのユニフォームはそのような要求に適合し、好評のようです。一安心して、ユニフォーム姿のスタッフを見ていると、次のようなことを感じました。

 ユニフォームは個性を薄めて画一化するものと思っていましたが、ユニフォームを着用することによって、むしろスタッフの人柄や個性が引き立ち、その違いがより明瞭に見えるような気がするのです。同じ包装の方が中身の違いがよく分かる、ということでしょうか。あるいはスタッフの意識が制服化されていないことの証明でしょうか。

 こう考えると、ユニフォームはスタッフの皮膚のようでもあります。そうだとすると、「われら赤色人種、赤いつなぎの新人類」ということになります。赤い顔はしていないのですが、酒好きの集まりと誤解されそうなのが心配です。(「誤解ではない」と影の声。)皮膚の色が問題ではなく大切なのは中身、皮膚を意識せずに各自の思いをのびのびと表現できればいいなと思います。

 天文台のユニフォームは、夏になると黒のTシャツと黒のパンツ(長ズボン)になります。黒一色、「ユニ黒」ですが、こちらは無名のブランドです。誤解のないように。以前、赤いつなぎのユニフォーム導入前に、黒のユニフォームについて「台長コラム」に書いたことがありました。「白と黒と天文台のユニフォーム」ですが、まだアーカイブで閲覧できるようです。参考まで。

 少し前のことですが、今年の年頭に「2013年のご挨拶」を展示室に展示しました(仙台市天文台のウェブページでも閲覧できます。「仙台市天文台について」>「台長からの2013年のご挨拶」)。仙台市天文台の今年のテーマは「うつす」で、天文学や宇宙に関係するいろいろな「うつす」を考えてみました。天文台では、今年は「うつす」をテーマにいろいろな活動を展開します。
 
 新年は新しい計画を立てたり手習いを始めたりするチャンスですが、新しい手習いを始め、すでに成果を上げている方も多いと思います。私の場合、新年を迎え「今年こそは」と考えているうちに「新年度」がやって来てしまいました。二度目のチャンス到来ですが、もう4月も半ばを過ぎてしまいました。パソコンに「しんねん」と入力したら「信念」と変換され、私の信念が問われているようで、パソコンの画面をナナメに見たりしています。

 実は、私にも毎年「今年こそ、今年度こそ」と思うことがいろいろあります。家族や友人に揶揄されることを恐れて秘密にしていますが、同時に浮かぶのが「今さら」と「六十の手習い」という言葉です。(後が続かなくなるので、「今さら」はちょっと棚上げにしておきます。)

 「六十の手習い」は、学問や習い事をするのに年齢制限はない、何歳になって始めても遅すぎることはないという意味が込められていて、「六十」は「七十」でも「八十」でもよいということです。心強い言葉ですが、そこで思い浮かぶのは白洲正子さんが、友人から聞いたという言葉です。「六十の手習いとは、六十歳に達して、新しくものをはじめることではない。若い時から手がけてきたことを、老年になって、最初からやり直すことをいうのだ」(『私の百人一首 愛蔵版』新潮社)。そこで、白洲さんも、若いころから親しんできた百人一首を改めて考えてみたい、ということでした。 

 話が長くなりそうですが、ここまでが「話の発端」です。

 「六十の手習い」の続きですが、私は1944年生まれ、いつの間にか60歳台後半、シニアと呼ばれる歳になりました。そこまで「長生き」すると、今となっては役に立たないモノがたくさんたまりました。そろそろ身の回りのモノを整理しておかなければと思うのですが、そんな中で処理に困るのが本です。

 古い本から整理しようと思うのですが、むかし苦労して勉強した本や、大きな出費に懐を痛めて買った本などは簡単には「整理」できずにいます。そんな本をパラパラ開くと、難しくて歯が立たずに途中でギブアップした本が、今読むと意外にスラスラ理解できたり、意味が分からずつまらないと思っていた本が、今読むと意外に面白かったりします。ということで、処分するつもりだった古い本を段ボール箱から掘り出して本棚に並べ、再チャレンジするつもりになっているのです。

 そこで改めて白洲さんの「六十の手習い」を考えるのですが、「若い時から手がけてきたこと」だけでなく「若い頃トライしてギブアップしたこと」を追加したくなります。

 天文学や宇宙に興味を持つ人は多いようですが、実生活からは少し距離があるようです。時々、自分も天文学が好きで天文学を勉強したいと思ったけれど、天文学では食べていけないのであきらめたとか、大学で物理学を学んで天文学を学びたいと思ったが、天文学のコースが無かったので学ぶことができなかった、というような話を聞きます。天文学に限らず、若い頃トライしたいと思ったけれど、あるいはトライしたけれど、「諸般の事情」であきらめたという話はよく聞きます。

 「六十の手習い」は、いずれ再チャレンジと思っている方、忘れていたそんな気持ちを思い出した方に再チャレンジを呼びかける言葉のようです。始めるのに年齢も時期も関係なし(年始も年度始めも関係なし)、思い立った時がチャンスというわけです。

 現代の天文学は、400年前にガリレオが望遠鏡を宇宙に向けたときに始まるといわれます。そのときのガリレオの発見は、小さな望遠鏡や自作の望遠鏡で追体験することができます。

 現代の天文学は、物理学を基礎とすることから天体物理学と呼ばれますが、その基礎は、19世紀から20世紀にかけて、物理学と技術の進歩によって築かれました。そのとき天体観測で活躍したのがひとみ望遠鏡と同じ程度の口径1-2 メートルの天体望遠鏡です。

 物理学を学びながら、ひとみ望遠鏡で観測し、観測データを物理的に分析すれば、現代天文学・天体物理学の発展を自ら追体験することができます。むかし物理学を学んで、天文学にも興味があった、天文台がそんな方の再チャレンジの場になったら面白いと思っています。