台長コラム ときどき土佐日記

2010年7月アーカイブ

第3回<前編>こうじ(詩人)→まこと(天文学者)へ

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まことさん、こんにちは!
ぼくは、なんだか、とても忙しい7月になっています。
なので、早くも夏バテ気味です(笑)。
まことさんはお元気でしたか?

さて、いろいろと丁寧にお答えいただき、ありがとうございます!
                              とても、よくわかりました!
                              そして、とてもおもしろい!
                              何度も何度も、読み返しました。

                               いろんなことを想いました。
                               そして、いろんな言葉が浮かびました。

                                なので、今回はそんな言葉をいくつか書いてみます。
                                (メモみたいなものですが)

                                *
                                たくさんの星 たくさんという言葉も意味がないくらい たく
                                さんの星

                                *
                                名前を見つけて 名前を呼んで
                                いつの間にか その名前になって

                                *
                                輝くという言葉は エネルギーなんだ
                                真ん中って いつも アツイんだ

                                *
                                壊れた 壊れやすい 壊してしまった
                                そんな錬金術に助けられて
                                ぼくたちは夜を繰り返す

                                *
                                ここも そこも
                                星のかけら
                                あっちも こっちも
                                銀河の途中


                                さて、今回も質問したいと思います!
                                (ちょっと流れを変えて)とても、とても広い宇宙。
                                まことさん、宇宙人っているんですか?

                                (7月10日)

第3回<後編>まこと(天文学者)→こうじ(詩人)へ
 
makotokao.jpg こうじさんお元気ですか。忙しく夏バテ気味とのこと、ボクもこのところの暑さで少々しなびています。

詩集『バンスイ、トウソン ヲ、イマ ヨム。』(イーピー 風の時編集部発行)の出版おめでとう。朝日新聞の紹介記事(2010年7月11日、宮城)も読みましたよ。

早速、買って開いてみると、懐かしい詩が目に入りました。「まだあげ初めし前髪の/林檎のもとに見えしとき/前にさしたる花櫛の/花ある君と思ひけり」藤村の「初恋」です。何十年も前、中学生のときに暗記させられました。初心な少年にとっては、声に出して読むのも恥ずかしいことでしたが、内心「いつかボクにもこんなことが起こるのかな」と胸をドキドキさせたことを思い出します。「イマ」の子はこうじさんの詩を読んで胸をときめかせているのでしょうか。

こうじさんの返信・詩、楽しく読みました。宇宙をポケットに入れて持ち歩けそうですね。

言葉というと、ふだんは無意識に使っていますが、ときには強く意識させられることがありますね。文章(恋文?)を書くとき、自分の強い気持ちや意見を伝えたいとき、相手の真意が理解できないとき、などなど。

言葉で不思議に思うのは、短い一言二言で意思や気持ちが伝わることです。言葉の情報量としてはとても限られているのに、豊かな気持ちや意思が伝わる、すごく効率がいいですね。

想像するに、言葉を交す前に、聞く側・読む側の無意識の中に「伝えたいこと」がすでに用意されていて、言葉が「それ」を意識化するスイッチをオンにするのでしょうか。一言が心の深層に埋もれていた記憶やアイデアを呼び起こすこともありますよね。詩人の言葉はこのスイッチをオンにする働きが強いのでしょうね。

反対に、いくら言葉を重ねても通じないことがありますね。考え方や感じ方が違っていたり、共通の了解がないときでしょうね。

そう考えると、言葉が成り立つためには、共通の生活や歴史・文化(進化?)が必要だと思うのですがどうでしょうか。だから、宇宙人と出会ったとしても、言葉によって気持ちが通じ合ったり、理解しあうことは難しいだろうと思います。

ところで、こうじさんの質問「宇宙人っているんですか?」ですが、実は、仙台市天文台にペーパークラフトの宇宙人が勢ぞろいしています。夏の企画展「ダンボールプラネット」です。8月22日までやっていますので、「宇宙人」に会いに来てください。

話をそらせてすみません。地球以外の宇宙人については、いるかいないか全く「分かりません」。そっけない答えで申し訳ないのですが、今のところ「いる」証拠は見つかっていません。また、「いない」ことを証明することも不可能ですが、少なくとも太陽系の中にはいないようです。

宇宙人・宇宙文明の可能性については、いろいろな推測がなされていますが、有名なものに、天文学者ドレークが提案したドレークの式があります。宇宙文明が存在するためには様々な条件がそろわなければなりませんが、それぞれの条件が実現する確率を評価し、銀河系内の宇宙文明の数を推定しようとするものです。しかし、よく分かっていないことが多いので不確実な仮定をしなければなりません。その結果、悲観的な仮定に基づくとその数は1(地球人だけ)、一方、楽観的な仮定から推定すると100万にもなります。要するに「分からない」ということ。

楽観的に考えて、銀河系内に100万の知的文明があるとしても、宇宙人に出会えるかどうかは楽観できません。というのは、お隣の宇宙文明までの距離は平均すると数100光年になります。つまり、電波や光で交信するのに数100年かかり、もし、互いの姿や情報を得たとしても、それは数100年前の古いものになります。また、我々が考えうる現実的な宇宙船では、たどり着くまでに数万年はかかるでしょう。これでは交信も航行も不可能です。宇宙はそれほど広いのです。ということで、もし、銀河系内に数百万もの宇宙文明があり、「ネリリし キリリし ハララしている」宇宙人がいて「地球に仲間を欲しがった」としても、いかなる関係も結べないのです。宇宙人に出会えるのはSFの世界だけのようです。

ボクは幼少のころからSFが好きで、宇宙人にはずっと興味がありましたが、このごろふと考えるのは「地球人は、なぜそれほど強く宇宙人に興味を持つのだろうか」ということです。ボクの興味が宇宙人から地球人に移ってきましたね。

ところで、こうじさんから宇宙人の質問がありましたが、なぜ宇宙人に興味があるのですか。どんなところに興味がありますか。

長くなったので、今日はここまでにします。暑さに負けずに、お元気で。

(7月24日)

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宇宙を身近に

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※この日記は、「りらく」7月号内コラム“Astronomical Essay”と連動しています。
 
 私が勤務する仙台市天文台では、「宇宙を身近に」を合言葉に、宇宙が身近に感じられるような施設を目指しています。「身近」というと、文字通り身の回り、近くにあって日常の生活に関係が深いこと。ところが、星や宇宙は遠くにあって、日常生活には縁の薄い存在、どうしたら身近に感じられるでしょうか。

 幼少の頃、満天の星空や天の川は馴染みの風景でした。いつしか星に興味を持つようになり、夜な夜な外に出て星座を探したり、望遠鏡で月を眺めたり、宇宙が身近な遊び場になりました。そうした夜遊びを繰り返しているうちに、ふと疑問がわいてきました。「星の正体は何だろう」。そう思って星をいくら見つめてもその正体は見えてきません。身近な星がだんだん遠くなるような気がしましたが、そこから、星の正体を求める長い旅が始まりました。

 やがて、星の正体は太陽のような巨大な高温のガス球で、核融合反応という原子力エネルギーで輝く天然の原子炉であることを知りました。納得できるまでにずいぶん時間がかかりましたが、いつの間にか黒板に星を表す円を描き、あたかも自分が星になって自己紹介をするように星の話をしていました。星の理解が深まって再び星が身近になったわけです。そして、私にとって星は「☆」から「○」になりました。

 距離は近いのに、身近に感じられないものもあります。たとえば、元素。私たちの体は酸素・炭素・窒素など様々な元素で構成されていますが、極微の元素は目にも見えず、触れても実感できず、心理的には限りなく遠い存在です。その元素が、実は核融合反応によって星の中で作られたことを知りました。星の中で作られた元素は、星の一生の終わりの大爆発によって宇宙に撒き散らされます。そのような昔の星が作った元素を集めて太陽や地球が生まれたというのです。私の指先の炭素原子は、その昔、星の中で作られ、はるばる宇宙を旅して今ここでひと時を過ごしている、つまり、私たちは星のかけらでできていると言うことになります。このことを知ったとき、目には見えなくとも、元素が急に身近な存在になりました。近いものと遠いもの、極微なものと限りなく大きなものがつながる、宇宙の面白いところです。

 満天の星や天の川は都会では見られなくなりましたが、プラネタリウムで疑似体験することができます。また、薄明の空に明るく輝く金星や細い月などは都会でも見られる風景です。少し注意していると日常生活の中に宇宙を身近に楽しめる機会がいろいろありますが、もし興味を持って深く知り、理解が深まると一層身近に感じられると思います。これは、宇宙だけでなく、音楽・美術・文学などあらゆる分野に、そして人間関係についても言えることでした。