台長コラム ときどき土佐日記

仙台市天文台を訪問された方はご存知と思いますが、天文台のスタッフは赤いつなぎのユニフォームを着用しています。似合っているかどうか気になるところですが、新しいお客さんがあると、最初に話題になるのがこのユニフォームです。「良く似合う、宇宙飛行士みたいでかっこいい」とお世辞を言ってくれる人、「車の整備ですか」と揶揄する旧友、反応は様々です。

 若者やスタイルの良い人が着た姿は、たしかにかっこよく、あるいは「かわいく」見えます。しかし、私が「その気」になって鏡に向かうと、鏡に映った姿を適切に表現する言葉が見つかりません。やはり「油汚れがないのが少し不自然」でしょうか。

 実は、この赤いつなぎのユニフォームはARATAこと井浦新さんのデザインです。有名な俳優・ファッションモデル・ファッションデザイナーのデザインですが、しばらくの間、私はその「ありがたみ」を十分に理解せずに着ていたようです。

 先日、その井浦新さんがNHK・Eテレの「日曜美術館」に出演しているのを拝見しました。「日曜美術館」は昔からよく見ている好きな番組ですが、今年度からアラタさんがレギュラー出演するということ、うれしいニュースです。落ち着いた静かな話しぶりは、美術番組にふさわしく感じました。ということがあって、アラタめて(見て!)赤いつなぎのユニフォームを一層身近に感じています。

 ユニフォームは日本語では制服、制服といえば最も身近なものは学校の制服でしょう。学校の制服については、昔から生徒指導・管理の問題として、あるいはファッションの問題として様々な議論がありましたが、先日、今も制服が厳しくチェックされる学校の話を聞きました。

 そこで思い浮かんだのが、「毎年この季節になると、憂鬱になる。花粉症のせいもある。が、なによりもファッションがこの季節には、いつも管理の問題とからめて話題になるからだ。」という哲学者の鷲田清一さんの言葉です。これは『新編 普通をだれも教えてくれない』(ちくま学芸文庫)の言葉ですが、この本の中の「学校と制服1」(1996年)、「学校と制服2」(1997年)で学校と制服、服装に関する興味深い考察が述べられています。学校の制服を語るとき、ぜひお読みいただきたい本です。

 鷲田さんは、著作物を通じての「(片思いの)友だち」ですが、昔から敬愛している哲学者です。その鷲田さんが、今年度から仙台メディアテークの館長に就任されました。うれしいニュースです。

 ということで、井浦新さんと鷲田清一さんのニュースがうれしかったので、ユニフォームについて書いてみました。

 ユニフォームは任務や仕事を首尾よく遂行するための衣服ですが、私たちの場合、来館者に見てもらうものでもあります。まず、来館者が一目見てスタッフとわかり、近づきやすいこと。そして、天文台の施設や背景に調和し、来館者に好感を与えるものが望ましいと思います。来館者の声を聴くと、赤いつなぎのユニフォームはそのような要求に適合し、好評のようです。一安心して、ユニフォーム姿のスタッフを見ていると、次のようなことを感じました。

 ユニフォームは個性を薄めて画一化するものと思っていましたが、ユニフォームを着用することによって、むしろスタッフの人柄や個性が引き立ち、その違いがより明瞭に見えるような気がするのです。同じ包装の方が中身の違いがよく分かる、ということでしょうか。あるいはスタッフの意識が制服化されていないことの証明でしょうか。

 こう考えると、ユニフォームはスタッフの皮膚のようでもあります。そうだとすると、「われら赤色人種、赤いつなぎの新人類」ということになります。赤い顔はしていないのですが、酒好きの集まりと誤解されそうなのが心配です。(「誤解ではない」と影の声。)皮膚の色が問題ではなく大切なのは中身、皮膚を意識せずに各自の思いをのびのびと表現できればいいなと思います。

 天文台のユニフォームは、夏になると黒のTシャツと黒のパンツ(長ズボン)になります。黒一色、「ユニ黒」ですが、こちらは無名のブランドです。誤解のないように。以前、赤いつなぎのユニフォーム導入前に、黒のユニフォームについて「台長コラム」に書いたことがありました。「白と黒と天文台のユニフォーム」ですが、まだアーカイブで閲覧できるようです。参考まで。