失われそうな時を求めて(3)

「失われた天文台の故郷」

 

 

 人々の記憶から失われつつあるかもしれませんが、「元祖」仙台市天文台(旧天文台)は1955年(昭和30年)に仙台市西公園(現在の青葉区西公園)に誕生しました。旧天文台の最も興味深いことはその誕生の「秘密」です。戦後の復興期、一市民から仙台市に高額の寄付があったそうです。仙台市長は、有識者や市民と相談し、その寄付を基に市民のための天文台(社会教育施設)を作ることに決めました。当時、公も市民も教育の復興・充実を強く望んでいたようです。この計画を進めるために多くの市民が協力し、天文台建設のための募金活動を行って、寄付と合わせて建設費のほぼ半分を調達したそうです。仙台市内の小中高でも募金活動が行われたので、年配の方(当時の小中高生の方)には募金された方もいらっしゃると思います。さらに、多くの市民の協力を得て天文台の活動が始まり、「市民の天文台」として仙台市民の誇りとする施設になりました(注1)。それからおよそ半世紀後、天文台は多くの市民に親しまれ活用されてきましたが、青葉区錦ケ丘に移転することになりました。その主な理由は、地下鉄東西線の計画が決まり、西公園に駅が建設され、天文台敷地が地下鉄工事の資材置き場になるため、ということでした。そして2007年末に閉館し、建物は全て撤去されたのです。

 地下鉄東西線は2015年12月に開業、西公園に大町西公園駅が誕生しました。それからおよそ5年が経ちますが、天文台の「故郷」はどうなったでしょうか、久しぶりに「誕生の地」を訪ねてみました。地下鉄東西線の大町西公園駅「西1出口」から地上に出ると、そこが西公園です。「公園」を見回すと、芝生にシロツメクサが生い茂った「空地」が広がっています。旧天文台があったと思われる場所にはその存在を示すものは何も見当たりません。ただ、「空地」の隅に一つだけ白い変わったオブジェがあります。実は日時計です。この日時計は、昔天文台の敷地にあったもので、見覚えがあります。以前(2017年)に見た時、天文台の記念碑として残された物と思っていました。しかし、銘板には「桜樹植栽満20年記念 昭和49年4月(1974年)設置」とあります。西公園の桜の木を植えた記念に設置されたもので(注2)、天文台とは直接関係なさそうです。裏に回ると日時計設置の由来が記され、その中に「西公園日時計、建設協力者 仙台天文台長 小坂由須人」と小坂先生の名前がありました(注3)。小坂先生の名前を通じて天文台とつながりました。この日時計については、昔、小坂先生から、その原理について説明を聞いたことがあります。日時計の示す時刻と実際の時刻との差(注4)を補正するために特別な工夫があるということでした。この日時計は、天文台が閉館した頃にはコンクリートにヒビが入り、朽ち果てそうな姿でしたが、真っ白に塗られ修復されていました。「白骨化した天文台の遺物」と言った口の悪い人がいましたが、天文台とは直接関係のないものでした。

 

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▲写真1:現在の西公園。地下鉄から地上に出て天文台があった方向を望む。2020年8月。右端に日時計。

 

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▲写真2:修復前の「西公園日時計」(2017年6月撮影)。「桜樹植栽20年」の記念碑。

 

 以上のように、天文台の跡地には、かつてそこに天文台があったことを示すものは何もないようです。跡地に立って、記念碑がなくても、廃墟や遺構があれば、様々な感慨がわいてきたかもしれませんが、その「無」にとまどいました。特に不思議に感じたのは、天災でもなく、戦災でもなく、平和の時代に「人の手」によって、馴染みの「風景」が跡形もなく消されてしまったことです。消されたのは「物」だけではない気がしたのですが、何が失われたのでしょうか。

 旧天文台が閉館するとき、閉館の感想文を書いたことがあります。当時、地下鉄工事のため、天文台の前の敷地で事前の遺跡調査が行われていました。桜の木が取り除かれ、地面が掘り返されていましたが、それを見ながら、いずれ、後世の人が西公園の遺跡調査したとき、「仙台市天文台の遺構や遺物が出てくるはず」と書いたのですが、今の姿を見ると、訂正する必要がありそうです。

 ということで、旧天文台の記憶をリフレッシュすると、私の記憶は1957年の夏からですが、天文台はまだ誕生した時のままの姿でした。当時、口径41㎝反射望遠鏡のドームのある建物だけでしたが、その後、展示室、事務室、プラネタリウムなどが拡張・増設され、大きく「成長」しました(写真3)。誕生直後の天文台の姿はなかなかユニークなものでしたが、実は、そのデザインはドイツ表現主義の代表作とされるエーリッヒ・メンデルスゾーンのアインシュタイン・タワー(ドイツ・ポツダムにある太陽望遠鏡)を参考にしたというのです。このお話は次回に。

 

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▲写真3:閉館前の天文台。左に41㎝反射望遠鏡ドーム、その前に日時計。右、桜の木の背後にプラネタリウムドーム。

 

注1:天文台のウェブサイトに「天文台のあゆみ」が紹介されています。

注2:西公園の天文台周辺は、たくさんの桜の木が植えられ、お花見の名所となっていました。

注3:仙台市天文台は、「仙台天文台」と呼ばれていた時期がありました。

注4:均時差のこと。この日時計は、時刻を示す文字盤が東西に動くようになっていて、手動で均時差だけずらすことによって補正します。