台長コラム ときどき土佐日記

第4回 七夕の星

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【河北新報「ときどき土佐日記」2016年7月掲載原稿 ~原案~】

 

天文台では、夏が来れば七夕、織女と牽牛の伝説と星まつりで盛り上がります。私にとっては、七夕は幼少の頃から「ささの葉さらさら のきばにゆれる/お星さまきらきら きんぎん砂子」と歌う童謡「たなばたさま」とともに、お馴染みのなつかしい年中行事でした。

私が小学生の頃(1950年代の関東地方)、この童謡のように、教室で短冊に願い事を書いて笹に括り付け七夕の笹を作りました。そして、七夕の次の日、皆で小学校の近くの川に流しに行ったことがありました(現在では許されませんが!)。七夕の笹は、川を下ってやがて天に昇り、願いが天に届くということでした。夏休みに川遊びをしていると、ときどき川岸に引っかかった笹を見つけることがありましたが、幼心に「見てはいけないもの」を見てしまったような気がしました。

 

七夕が近づくと、織姫と彦星の物語をいろいろな人から聞きましたが、年齢とともに違った印象がありました。幼少の頃は、「織姫と彦星が天の川を隔てて離ればなれになった理由」が気になり、「怠けてはいけない」という教訓の物語として聞いていた気がします。思春期には、自分を牽牛・彦星に同一視し、切ない恋物語をいろいろ想像しました。その後、年齢とともにそうした興味は薄れましたが、七夕の解説をするようになってからは、七夕伝説の起源や七夕の星の天文学的知識が必要になりました。

 

七夕は「7月7日の夜」の行事とされていますが、ややこしいことに、明治の改暦によって旧暦と新暦で日にちが異なるようになりました。さらに「月遅れ」が加わって、現在は、三つの七夕があります。まず新暦の7月7日、新暦の月遅れの8月7日、そして旧暦の7月7日(2017年は8月28日)。仙台七夕は、昭和初期に「月遅れ」を採用し、8月7日を中心に開催されます。旧暦の七夕は年によって日にちが変わるので厄介ですが、「伝統的七夕」として現在もいろいろな行事が行われているようです。旧暦の七夕で面白いところは、月との関係です。旧暦の7日ということは、新月から数えて7日目(月齢6日)、ほぼ半月、上弦の前日の月になります。日が暮れると、南の空の見やすい位置に上弦に近い半月が見えることになります。また、旧暦の七夕は立秋を過ぎ、秋の行事になります。最初に「夏が来れば」と記しましたが、実は、七夕は秋の行事だったのです。それで、「七夕」が秋の季語になっていることが理解できました。

 

七夕伝説の起源は中国の古い漢詩にあると聞いたのですが、高校生時代、「漢文」は最も苦手な科目で、その後も近づき難いものがありました。ところが、あるとき偶然にNHKラジオ第二放送で「カルチャーラジオ 漢詩をよむ、中国のくらしのうた(春~夏)、佐藤保」(注1)を聞き、七夕伝説の起源と発展を知りました。

それによると、七夕の起源は古く、中国の春秋時代に成立したとされる『詩経』の小雅「大東」編に織女・牽牛がそろって登場します。そこでは二人(二星)の恋愛関係は見えまえせんが、漢の時代に編纂された『文選』の中の「古詩十九首」の「其の十」に、織女と牽牛の悲恋の物語として七夕説話の原型(牽牛織女の恋物語)をみることができます。こうして七夕説話が成立し、様々なバリエーションに発展しますが、興味深いことに、牽牛の影がうすく、主人公は織女で以後、悲劇の女性の心情を描くことが基本形となったということです。日本に伝わってからも、地域の信仰や行事に合わせて様々なバリエーションに発展し、それらが今日に伝わっているようです。

 

七夕は、年中行事として江戸時代中期頃から全国各地で行われていたようですが、仙台の七夕が今日のようなまつりになったのは、地域振興の行事として奨励され、はやりすたりはありましたが、戦後の経済発展とともに盛んになり今日のような豪華な七夕祭りになったようです。

 

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図1:仙台七夕の様子

 

七夕伝説の主役は織女・こと座のベガと牽牛・わし座のアルタイルです。幼少の頃、星空にベガとアルタイルを見つけ、織女と牽牛が七夕の夜にどのように天の川で出会うのか気になりました。このことを父に質問したところ「7月7日の深夜0時にベガとアルタイルが接近して天の川で出会う」という答でした。それを確かめようと夜更かしをしようとしたのですが、その前に寝てしまった記憶があります。

 

ベガとアルタイルの距離は約15光年、自然界で最も速い光で15年もかかります。誰も一晩で行き来することはできません。以前に大学の講義(天文学入門)でこの話をしたところ、女子学生から「愛の力は光速度を超えます」という反論がありました。遠距離恋愛中とお見受けしましたが、「愛の力」に触発されてふと疑問が湧いてきました。15光年も離れたベガとアルタイルを同時に考えることができるということはどういうことでしょうか。そのとき、私の頭の中には15光年離れたベガとアルタイルが輝いていました。時空を超えて宇宙のコピー、レプリカが脳内に作られていたようです。

 

私たちは目の前で起こっていることや直接肌に感じたことには無条件に反応したり考えたりしますが、それだけではなく、実在しない、ありは見えない想像上の事柄についても考えることができます。そのとき、頭の中には「事柄」のレプリカが作られるようです。さらに、思考実験という言葉がありますが、頭の中でいろいろ条件を変えて何が起こるかを「実験」することもできます。「脳の力」でしょうか。

宇宙のことを議論したり考えたりする時、私たちはよく黒板やノートに円を描きます。関係の無い人にはただの円ですが、この円は星や銀河を単純化したレプリカです。

星を表していれば、核融合反応が起こっているコアが中心の小さな円で描かれ、コアで発生したエネルギーの流れが放射状に描かれた矢印で表されたりします。さらに、この「モデル・図」を使って、重力と圧力による力の釣り合いやエネルギーのバランスなど様々なことが議論されます。単純化したレプリカでも、本質をとらえていれば議論や理解の役に立ちます。むしろ、単純であるからこそいろいろな想像力が働きます。

 

少年時代、星が好きになって、晴れていれば毎晩望遠鏡を庭に出して星を見つめていた時期がありました。姉から「星に恋をしている」とからかわれたりしましたが、まさに遠距離恋愛中だったかもしれません。そのとき、僕は星の正体を知りたいと思っていたのですが、いくら見つめても星の正体はわかりませんでした。

あるとき大学生から「星や宇宙は自然の法則・物理学によって理解できる。星の正体を知りたければ物理学を勉強しなさい」と聞き、物理学を学び始めました。何回もノートに大小の円を描き、物理学的に何が起こるか考えるうちに、星の正体が少しずつ分かるようになりました。夢から覚めて真実を知る思いでしたが、愛の力ならぬ物理学・科学の力を知ることになりました。

 

注1) NHKラジオテキスト「カルチャーラジオ 漢詩をよむ、中国のくらしのうた(春~夏)」佐藤保、2013年、NHK出版

七夕伝説、牽牛・織女の恋物語の成立と発展を漢詩の歴史に見ることができます。

 

 

 

【河北新報「ときどき土佐日記」連載 ~2016年7月掲載原稿~】

 

七夕伝説の主役は織女・こと座のベガと牽牛・わし座のアルタイルです。幼少の頃、父に質問したところ「7月7日の深夜にベガとアルタイルが天の川で出会う」という答でした。それを確かめようと夜更かしをしたのですが、その前に寝てしまった記憶があります。

ベガとアルタイルの距離は約15光年、自然界で最も速い光で15年もかかります。誰も一晩で行き来することはできません。そんな話をしたら若い女性から「愛の力は光速度を超えます」という反論がありました。遠距離恋愛中とお見受けしましたが、「愛の力」に触発されてふと疑問が湧いてきました。15光年も離れたベガとアルタイルを同時に考えることができるということはどういうことでしょうか。そのとき、私の頭の中には15光年離れたベガとアルタイルが輝いていました。時空を超えて宇宙のレプリカが脳内に作られていたようです。

私たちは目の前で起こっていることや直接肌に感じたことには無条件に反応したり考えたりしますが、それだけではなく、想像上の事柄についても考えることができます。そのとき、頭の中には「事柄」のレプリカが作られるようです。さらに、いろいろ条件を変えて何が起こるかを考えることもできます。「脳の力」でしょうか。

宇宙のことを議論したり考えたりする時、私たちはよく黒板やノートに円を描きます。この円は星や銀河を単純化したレプリカです。単純化したレプリカでも、本質をとらえていれば議論や理解の役に立ちます。

少年時代、星が好きになって、晴れていれば毎晩望遠鏡を庭に出して星を見つめていた時期がありました。姉から「星に恋をしている」とからかわれたりしましたが、まさに遠距離恋愛中だったかもしれません。そのとき、僕は星の正体を知りたいと思っていたのですが、いくら見つめても星の正体はわかりませんでした。あるとき大学生から「星や宇宙は自然の法則・物理学によって理解できる」と聞き、物理学を学び始めました。何回もノートに大小の円を描き、物理学的に何が起こるか考えるうちに星の正体が少しずつ分かるようになりました。夢から覚めて真実を知る思いでしたが、愛の力ならぬ物理学・科学の力を知ることになりました。

 

1707_tanabata02.jpg図2:夏の大三角

 

 

※「ときどき土佐日記」は、毎月第1土曜日の河北新報夕刊に連載中です。