台長コラム ときどき土佐日記

第2回 火星接近

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【河北新報「ときどき土佐日記」2016年5月掲載原稿 ~原案~】

 

以下の文は、昨年(2016年5月)の火星接近のときに記したものです。現在(2017年5月)、火星は太陽の彼方の遠方にあって、殆ど見ることはできません。次の接近は2018年7月31日になります。

 

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1705_kasei.jpg図1:火星(ハッブル宇宙望遠鏡撮影)©NASA

 

夜が更けると東の空に赤く輝く星が昇ってきます。火星です。火星はおよそ2年ごとに地球に接近しますが、今回(2016年)は5月31日に最も近づきます。ギリシャ/ローマ神話では、火星は戦いの神アーレス/マルスとされていますが赤い色が戦火や血を連想させるのでしょう。しかし火星が赤いのは地面に含まれる酸化鉄(鉄錆)の色で戦いや血とは関係ありません。地球でも同じような赤色の地面が各地で見られます。

 

火星は昔から接近ごとに注目されますが、望遠鏡で観察されるようになると、大接近ごとに新しい発見があり、やがて筋状の幾何学模様を見たという報告が現れます。この筋状の幾何学模様は想像力を刺激し、水路から人工的な運河へ、さらにそれらを建設した高度な文明を持つ火星人へと想像が膨らみ、やがてH.G.ウェルズのSF『宇宙戦争』(1898年)[1] が生まれました。環境が悪化し火星に住めなくなった火星人が地球に移住するため地球を侵略する物語です。

火星人は、長い間地球人を観察し、移住を決行します。地球(イギリス)に飛来した火星人は巨大な戦闘機械によって地球人の住む都市を徹底的に破壊し尽くしますが、突然死に絶えます。その原因は地球の微生物でした。地球の微生物に対する免疫を持たない火星人は、地球に到来直後から、微生物によって体が蝕まれていたのです。火星人の観察も地球の微生物までは目が届かなかったようです。

『宇宙戦争』は人気を博し、本だけでなく、ラジオドラマになったり、映画化されて広がりました。1938年、オーソン・ウェルズが『宇宙戦争』をラジオ番組化したものが有名ですが、ラジオ放送によって実際に火星人が襲来したと誤解した人々が大パニックにおちいったということです。さらに、このときのパニックを再現した映画も作られています。

また、『宇宙戦争』は1953年以来何度か映画化されていますが、どれも、圧倒的な破壊力を持った残酷な火星人によって痛めつけられる無力で哀れな地球人という図式で描かれています。しかし、考えてみれば、火星人は地球人の創作で、その残酷さは地球人が想像したものです。もし、火星人を恐れるとすれば、それは自ら作り上げた影に怯えるようなものでしょう。

 

1705_kasei02.jpg図2:火星探査機ヴァイキング1号が撮影した火星の風景(1976年)©NASA

 

現実の火星は、観測や探査が進むと、幾何学模様も運河も見つからず、大気は希薄な二酸化炭素で、極地では二酸化炭素がドライアイスになってしまうような極寒の世界であることが判明しました。さらに、探査機が着陸してみるとそこには一木一草も見当たらない荒涼とした砂漠のような風景が広がるばかりでした。現在も火星探査が行われていますが、火星人はおろか生命の痕跡すら見つかっていません。

 

現在の火星は、火星人が住めるような環境にはないようですが、火星人は今もSFや物語によって人々の心の中に生きているようです。もし、現代に火星人のSFを考えたら火星人はどんな姿で登場するでしょうか。

火星人が、現在のような過酷な火星環境の中を生き残り、火星から地球に移住できるほどの高度な文明を持っているとしたら何が必要でしょうか。まず戦争のない平和な社会を実現していなければならないでしょう。もし火星人同士で戦争などすれば、たちまち自滅してしまうからです。

『宇宙戦争』では火星人が地球を詳しく観測して移住計画を練りますが、もし、現代の火星人が地球を観察したら何が見えるでしょうか。地球では、人種・宗教・経済・国境などをめぐって争いが絶えず、地球人はとても火星人と共存できそうにありません。だからといって地球人を「一掃」するわけにもいかないでしょう。火星人が知的で文明が進んでいたらそんなことはしないはずです。もう少し我慢して、地球人が平和に共存できるようになるか、あるいは地球人が「自滅」するのを待つのではないでしょうか。

 

火星の科学的な解明が進んでいますが、赤く輝く火星の姿は今なお想像力を刺激します。詩人・谷川俊太郎さんは「二十億光年の孤独」[2]で火星人は「ときどき地球に仲間を欲しがったりする/それはまったくたしかなことだ」と確信しているようですが、私も接近する火星を眺めながら、もし火星人がいたらと想像してしまいます。

 

ひるがえって、地球を考えると、地球温暖化など深刻な環境問題を抱えています。H.G.ウェルズは、1898年、環境が悪化した火星から地球への移住を想像しましたが、もし、ウェルズが現代に生きていたら、地球人が火星に移住する物語を構想したかもしれません。しかし、現在の火星の環境を知ったら、いかに地球で生き延びるかを考えたでしょう。

 

火星はおよそ2年ごとに地球に接近しますが、火星の軌道が楕円形に歪んでいるために、接近ごとに地球との距離が違います。次回、2018年の接近は、最短距離付近で出会う「大接近」です。

 

 

[1] H.G.ウェルズ(著)『宇宙戦争』(創元SF文庫)、中村 融 (訳) 東京創元社 (2005年)

[2] 谷川俊太郎(著)『20億光年の孤独』サンリオ(1992年)

 

 

 

【河北新報「ときどき土佐日記」連載 ~2016年5月掲載原稿~】

 

夜が更けると東の空に赤く輝く星が昇ってきます。火星です。火星は2年ごとに地球に接近しますが、今回は5月末に最も近づきます。ギリシャ・ローマ神話では戦いの神とされていますが赤い色が戦火や血を連想させるのでしょう。しかし火星が赤いのは地面に含まれる酸化鉄の色で戦いや血とは関係ありません。地球でも同じような赤色の地面が各地で見られます。

火星は接近ごとに注目されますが、望遠鏡で観察されるようになると、筋状の幾何学的模様を見たという報告が現れます。筋状の模様から、人工的な運河さらに高度な文明を持つ火星人へと想像が膨らみ、ウェルズのSF『宇宙戦争』が生まれました。環境が悪化し火星に住めなくなった火星人が移住するため地球を侵略する物語です。何度か映画化されましたが、どれも火星人の暴力と残虐さが際立つ演出でした。

火星探査が進むと幾何学模様も運河も見つからず、探査機が着陸してみるとそこには荒涼とした砂漠のような風景が広がるばかりでした。現在も火星探査が行われていますが、火星人はおろか生命の痕跡すら見つかっていません。幸か不幸か火星人はSFの中だけのようです。

もし、現代のSF火星人を考えるとどうなるでしょうか。『宇宙戦争』では火星人が地球を詳しく観察して移住計画を練りますが、もし現在の地球を観察したらどう思うでしょう。人種、宗教、国境などをめぐって争いが絶えず、地球人はとても火星人と共存できそうにありません。では地球人を「一掃」すべきか、火星人の知性と文明の高さが問われるところですが、そんな野蛮なことはしないでしょう。地球人が平和に共存できるようになるか「自滅」するのを待つに違いありません。

火星の科学的な解明が進んでいますが、赤く輝く火星の姿は今なお想像力を刺激します。詩人・谷川俊太郎さんは「二十億光年の孤独」で火星人は「ときどき地球に仲間を欲しがったりする/それはまったくたしかなことだ」と詩に書いていますが、私も接近する火星を眺めながら、もし火星人がいたらと想像してしまいます。

 

1705_kasei03.jpg図:近づく火星(仙台市天文台で撮影)

 

※「ときどき土佐日記」は、毎月第1土曜日の河北新報夕刊に連載中です。