台長コラム ときどき土佐日記

sf.jpg                                                                    ※このコーナーの説明はvol.1をご参照ください
                                                                     ※vol.2はこちら


daocho.jpgまえがき その2

 遠藤さん、お待たせしました。「その1」では、思い出話が長くなってすみません。遠藤さんのお話を聞いていると、ギターを弾いたり、星を見に行ったり、「アー、青春していたんだなあ」とほのぼのした気分になりました。そして、僕の青春時代を思い出しました。

高校・大学生のころは、科学者・天文学者になりたいと思いつつも、なかなか思うように力を集中できず、いろいろな本を読んだり、映画を見たり、ジグザグな生活でしたが、遠藤さんと同じように、アポロ宇宙飛行士は憧れの的でした。

ふりかえると、米ソ冷戦、スプートニク・ショック、安保条約改定、ベトナム戦争、大学紛争、オイルショック、バブルが膨らんだりはじけたり、様々な社会の変化がありましたが、時代の変わり目の不安な時期にSFが流行ったような気がします。

さて、本題の『アポロ13』ですが、遠藤さんに詳しく解説していただきありがとうございます(僕がしゃべることが無くなってしまった!)。僕も、改めてDVDを見ようと思い、大手レンタルショップに行ったのですが見つかりませんでした。もう忘れられた映画なのかなと思いながら、DVDショップを渡り歩いたところ、「3枚で3000円」の中に『アポロ13』を見つけました。残りの2枚は、目についた懐かしい映画『荒野の7人』(1961年日本公開)と『屋上のバイオリン弾き』(1971年日本公開)、ちょっと得をした気分で店を出ました。

僕に与えられたミッションは「天文学でSFを斬る」ということですが、それがちょっと難しいのです。「ミッション・インポッシブル!」、というのは、『アポロ13』はSFというよりはドキュメンタリー映画なのです。アポロ13号のクルーも「ほぼこの通りだった」ということで「天文学的に斬る」スキが見当たらないのです。

あえて、星を見る立場から指摘しようと思うと、一つありました!映画が始まって間もなく、宇宙飛行士たちのパーティがあり、ラベル船長が外の庭に出ると満月に近い月が見え、その月をラベル船長が指で隠すシーンがあります。そのとき、月の周りに小さな星がたくさん見えるのです。実際には、満月に近い月の周りに暗い星が見えることはありません。月を隠しても、大気に散乱された月の光が眩しくて暗い星が見えないのです。これは、スタジオで撮影された映画などに「よくある間違い」です。アラ探しでした。

ということで、「斬り方」に苦慮していたところ、「辛口の感想・批評でもいいのでは」という助言があったので、「塩・コショウ・唐辛子」の瓶をそばに置いて、思いつくままに感想をお話しすることにします。

何と言っても、一番印象に残っているのは、事故の後、やっと地球に戻った宇宙船が大気圏に突入し、一時通信が途絶えたときです。火の玉になった宇宙船が猛スピードで落下していく場面がありましたが、それぞれの家族やその中に愛する人が乗っている人たちには見せられない場面です。通信が途絶えるのは3分間ほど、「もし、3分後に通信が再開しなければ...」ということでしたが、3分経っても呼び掛けに応答がありません。映画なので、結末が分かっているのですが、胸が痛くなるようでした。もうダメかと思ったとき、応答があり、パラシュートを開いて海に着水する宇宙船の映像が映りました。思わず、張りつめた緊張が解け、目がうるんだ瞬間でした。映画とはいえ、この間の不安に耐える家族のことを思うと胸が痛みます。大切な人を失った経験のある人には、耐え難い時間だったでしょうね。

愛する人の生死にかかわる場面を誇張して不安を煽るのは、映画といえども良くないですよね!映画とわかっていながら、心が反応してしまう、僕の脳はなんと単純なことか!

このような場面を見ながら、いったい何のためにこんな危険をおかし、周りの人に苦しい思いをさせなければならないのか、疑問を感じるようになりました。

調べてみると、宇宙開発における事故や犠牲者は少なくないようです。よく知られているケースでは、アポロ計画の初期、アポロ1号で3人の宇宙飛行士が亡くなり、またアポロ13号の事故では3人の宇宙飛行士が犠牲になりかねない状況でした。さらに、スペースシャトル・チャレンジャーで7名、コロンビアで7名が犠牲になったことを思い出します。宇宙開発は、他の事業に比べて、非常に危険でコストのかかる事業のようですが、それがあえて実行された理由は何だったのでしょうか。

それから、僕にも興味深かったのは、マスコミの対応です。アポロ計画も13号になると、人々は興味を失い、マスコミも取り上げなくなりました。しかし、事故が起こったとたんに大ニュースになったのです。僕も、アポロ13号打上のニュースはたいして気に留めなかったのですが、事故のニュースが大きく報じられ驚きました。皮肉なことに、アポロ13号は失敗したのに「成功した失敗」と言われ、他の成功例よりも有名になりました。同僚とこのニュースについていろいろ話したことがあるのですが、ある人が冗談に、この事故は「マッチポンプだ!」と言ったのです。マッチポンプとは「マッチで自ら火事を起こし、それを自らポンプで消して注目や称賛を得ようとするような行為」です。映画を見ながら、その時の議論を思い出しましたが、これこそSF、あってはならないことですね。

ところで、この物語・映画が話題になるのは、もちろん、アポロ宇宙船に人間が乗船していたからですね。もし、無人探査機だったら、それほど話題にはならなかったかもしれません。そこで考えるのですが、科学的探査が目的なら、人間が行く必要があったでしょうか。アポロ計画の科学的成果は素晴らしいものですが、人間が行かなくても、むしろ人間が行かないほうが、より多くの成果を上げることができたのではないかと思います。

先日、7月20日は、1989年にアポロ11号が月面に着陸し、初めて人類が月に立った日でした。その日に因んで、天文台のトワイライトサロンでアポロ11号の話をしたのですが、実はその日は、1974年に無人火星探査機バイキング1号が火星に軟着陸した日でもありました。無人火星探査ロボットから送られてきた火星の映像を見たとき、アポロの月の写真以上に興味深いものがありました。今も、無人探査機が活躍していますが、将来の宇宙探査を考えるなら、無人探査機・ロボット・遠隔操作の技術を磨くことが重要だと思います。

人間を宇宙に送り出すためには、まず安全と生存を確保しなければなりません。そのために宇宙船の規模も技術開発のコストも、無人の場合に比べてはるかに大きなものとなります。アポロ計画では、科学的探査が目的なら、人が行かなければできないことはほとんどなかったでしょう。もし、あったとしてもロボットを開発すれば代わりにできることだったと思います。人間を宇宙に送る意味を考えてしまします。

アポロ計画は、様々な映像によって世界にアッピールしましたが、1枚の象徴的な写真があります。初めて月面に降り立ったアポロ11号の飛行士が、アメリカ国旗を立てた写真です。そこにアポロ計画の目的が凝集されていると思いました。

この写真を見たとき、「月に勝手に国旗を立てていいのだろうか?」、違和感がありました。そして、もし「人類にとっては偉大な飛躍」というなら、せめて国連旗でも並べて立てたらどうか、と思ったりもしました。でも、考えてみれば、ケネディ大統領が宣言したように、この星条旗を立てることこそがアポロ計画の一番の目的だったのですね。

アポロ計画の始まりをふりかえると、僕の青春時代と重なりますが、米ソが対立していた東西冷戦の時代です。当時、アメリカは、自他ともに世界の宇宙開発をリードしていると考えていたようです。そして、1957年から1958年にかけて世界各国が協力して行う国際地球観測年には、人工衛星を打ち上げて宇宙から地球を観測する計画を発表しました。しかし、アメリカが人工衛星を打ち上げる前、1957年にソ連が人工衛星スプートニク1号を打上、その後も矢継ぎ早に有人宇宙飛行、無人月探査などを成功させ、ソ連は宇宙開発においてアメリカをはるかにしのいでいることを示したのです。米国は大変なショックを受けたのですが、それがスプートニク・ショックです。僕もびっくりしました。当時、宇宙開発・ロケットの技術は、長距離ミサイルの技術そのものだったことも、ショックを大きくした理由でした。そして、ケネディ大統領は、国会で「10年以内に人間を月に送り込み」挽回をはかるという有名な演説をしてアポロ計画が始まったということです。そもそも科学・技術の発展のためではなく、最初から国威発揚・軍事ミサイル技術挽回の計画だったのです。

当時、ベトナム戦争でアメリカによる北爆が激しくなった頃で、ベトナムの悲惨な状況が告発され始めた頃でした。僕は、素朴にアメリカは民主主義・人道的な国と思っていたので、とても驚きました。一方、僕にとって、アメリカは世界の天文学をリードする憧れの国でもあったので、とても違和感を感じ、葛藤がありました。

また長くなってしまい、そろそろ終わりにします。遠藤さんが「アナログな計器だけで、月行ってたの?!」と驚いていましたが、僕も同感でした。先輩に聞いた話では、アメリカの宇宙開発では、信頼性が最も重要で、必ずしも最新の技術ではなく、実績のある信頼性の高い機器や技術が使われたということです。

技術的なことで感心したのは、実際に飛行中の宇宙船と同じもの(宇宙船のコピー)が地上基地にもあって、いろいろなシミュレーションができることです。事故の後、帰途についた宇宙船は地球にたどり着くまでに必要な電力を確保できるかどうか深刻な問題になりました。そこで、技術者が宇宙船のコピーを使ってどのように節電すればよいか、不要な機器・装置を止めてシミュレーションし、節電法を探すのです。どのように節電しても電力が不足するということでハラハラしましたが、ついに必要な電力を確保できる節電法を見つけ出したのでした。これも、アポロ計画のすごいところだと思いました。

3年ほど前に、アメリカのヒューストンにあるジョンソン宇宙センターを視察したことがあります。そこに、『アポロ13』でもたびたび登場した、アポロ宇宙船の司令室がありました。「こちらヒューストン」のコールサインでお馴染みの司令室です。フライト・ディレクターの席に座り、あたりを見回しましたが、回転ダイヤル式の電話や、古めかしいボタンスイッチや計器が並び、事務机のようなスチールデスクの引き出しを開けると当時の手書きの指令書・命令書が入っていました。なんとなくレトロな「昭和の電話交換機室」と言った風情でした。この古い指令室は、アポロ計画を記念して、当時のままの形で残してあるということでした。その近くに、今活躍中の国際宇宙ステーションの司令室がありました。そちらは、見慣れた現代的なディスプレイやデジタル機器が並んでいました。

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▲米国ヒューストン、アポロ計画司令室のフライト・ディレクター席の土佐台長。 アポロ計画を記念して、今もそのままの形で保存されています。

 

映画『アポロ13』というより、アポロ計画全体を相手にすることになってしまいました。もちろん、刃が立つ相手ではありませんが、ちょっと引っかいたり、つねったりしてみました。科学を愛する者としては「本当のことを知りたい」、「科学・技術は、人間を大切にし、平和のために、暴力や欲望を制御するために活用して欲しい」と思います。

とりあえず、ここで一息。これで「ミッション」を果たしたことにして、これからは、「斬る」ことにこだわらずにお話しできればいいなと思います。endo.jpg


 遠藤さんに続く・・・