台長コラム ときどき土佐日記

sf.jpg                               ※このコーナーの説明はvol.1をご参照ください
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まえがき その1 

 遠藤さん、こんにちは。天文台の企画に参加いただきありがとうございます。遠藤さんにならって、僕も「まえがき その1」ということでご挨拶を。

まず、遠藤さんと映画・SFについてお話しできること、僕もとてもうれしいです。

桜井薬局セントラルホールはときどきお世話になっています。「まちなかの映画館」、存在そのものが映画のようです。映画館に入るときは、映画の登場人物になったような気持ちになります。

先日、遠藤さんの映画館で『ふたりのイームズ』を拝見しました。デザイナー・建築家のチャールズとレイ・イームズ夫妻のドキュメンタリー映画でした。実は、彼らが1968年に製作した教育映画『Powers of Ten(パワーズ・オブ・テン、10のべき乗)』は科学教育映画の傑作として知られていますが、私も大学の講義や講演でよく使いました。また、天文台の展示室にも『パワーズ・オブ・テン』を発展させた映像展示「大宇宙スケールスコープ」があります。ということで、『ふたりのイームズ』を観に行ったのですが、意外なこと、知らなかったことがたくさんあり、興味深く拝見しました。

実は、手元に昔購入した『チャールズ&レイ・イームズの世界』(1986年)というレーザー・ディスクがあるのですが、その中に、映画で紹介されていた「コマ」、「ハウス」、「おもちゃの汽車のためのトッカータ」、「パワーズ・オブ・テン」などが収められていました。残念ながら、レーザー・ディスクの再生装置は生産・メンテナンスが終了してしまい、手元のレーザー・ディスクがいつまで見られるか分からなくなりました。今のうちにということで、久々に見直してみました。

最初から脱線してしまいましたが、幼少の頃から映画が好きだったので、あいさつの代わりに、僕の映画体験を語らせていただきます(長くなりそう!)。

幼少の頃、映画は最大の娯楽でしたが、それだけでなく様々な未知の世界が経験できる、世界を広げてくれる魔法の場でした。さらに、機械・メカが好きだったので、映写機を見たり、「ジー」という映写音を聞くとわくわくしました。『ニューシネマパラダイス』の少年トトのように、映画館の映写室は憧れの場所でした。また、映画館の前では、カッコいい大型オートバイでフィルムを配送するお兄さんの姿もよく見ました。大型オートバイのメカにも魅かれてじっくり眺めたものです。

学校の教室や夏の夜の校庭でもよく映画会がありました。今では考えられませんが、小学校の校庭にラグビーのゴールのようなポールを立てて、そこに白布を張ってスクリーンにし、夜になり暗くなるのを待ってそこに映写したのです。校庭に敷いたシートの上に座ったり寝そべったりして(蚊を追い払いながら)映画を見ました。一般向けの映画会は有料でしたが、僕たちは学校の抜け穴を良く知っていたので、暗くなるのを待ってこっそり校庭に忍びこんで映画を楽しみました。風が吹くとスクリーンが揺れ、ヒロインの顔がゆがんだりして、それを見て笑ったものでした。当時、僕たちは皆貧しく、映画に出てくる生活がうらやましく見えることが多々ありました。若者のグループが、きれいな服を着て自転車で走り回るシーンが続く映画を見て「いい暮らしをしているな」と「上流社会」の生活を話し合ったりもしました。後に、この映画は今井正監督の『青い山脈』と知りました。この校庭の映画会は、雨が降ると中止になりました。天文台の天体観望会のようで、少しおかしくなりますが、確かに、当時の映画の世界は「天上の世界」のようでもありました。

映画館も繁盛し、街角では映画のポスターが一番目立ちました。天文台の企画展示で紹介した『地球最後の日』も、派手でセンセーショナルなポスターがひときわ目立っていました。

新しい映画は子供たちの間でもよく話題になりました。ガキ大将のお兄ちゃんが新しい映画を見てくると、大げさな語りやアクションを交えて、映画の場面を再現してくれるのです。僕たちはそれを一生懸命に見たり聞いたりして、その映画を見たいものだと思いました。西部劇のジョン・ウェイン、『シェーン』のアランラッド、『真昼の決闘』のゲイリー・クーパーなどが活躍した映画でした。今は昔、昭和30年代・1950年代のことでした。

少年時代を振り返ると、日常の生活が映画のように思い起こされますが、僕が西公園にあった(旧)仙台市天文台に出入りするようになったのも思いがけないことでした。当時、旧天文台には、「加藤・小坂ホール」に名前のある小坂由須人さん(2代天文台長)がいらして、子供たちの相手をしてくれました。科学や天文学を教えていただきながら、『ニューシネマパラダイス』の映写技師アルフレードと少年トトのような関係になりました。あるとき、僕が将来天文学の研究をしたいと言ったら、「天文学者になりたければ、大学に行って物理学を勉強しなさい」ということでした。それが天文学への道標となり、今の仕事につながっているようです。もし、天文台が映画館だったら、僕はトト少年のように映画の世界に進んだと思います。

何十年ぶりかで思い出したことがいろいろ出てきて、止まらなくなりました。


ということで、ここで一休み。
つづきをお楽しみに。 遠藤さん、もう少し待って下さいね。