台長コラム ときどき土佐日記

新年を迎えて

|
 明けましておめでとうございます。

 今年2009年はガリレオ・ガリレイが初めて宇宙に望遠鏡を向けてから400年目の年で、それを記念して国際連合や国際天文学連合が国際天文年と決めました。天体や宇宙に親しみ、人間と宇宙について考えようという趣旨です。世界中でさまざまな行事が行われますが、仙台市天文台でもいろいろな行事が企画されています。このところ、日々暗いニュースや困難な見通しが伝えられていますが、天文台で星や宇宙に親しみ、元気と正気を取り戻していただければ幸いです。

 元日は一年の始まり、一年で最も特別な日として人々の心に特別な感慨を呼び起こします。元日の朝を迎えた気持を吉田兼好は『徒然草』第十九段に「かくて明けゆく空のけしき、昨日に変りたりとは見えねど、ひきかへめづらしき心地ぞする。」(こうして夜が明けていく元旦の空の景色は、昨日とたいして変わらないのに、何か特別に新しくなったような気持ちがする。)と記していますが、私も同じ心地がします。

 そう感じながら、なぜ一年の始まり(年初)はこの日なのか、ふと疑問が湧きます。一年の循環や四季の変化は地球が太陽の周りを公転することによって起こる自然の循環。原因は天体現象にありますが、この日、地球の公転運動になんら特別なことはありません。

 本来、循環する一年をどこから数えてもかまわないはず。ということは、年初は人為的に決めなければなりません。実は、年初が現在の1月1日になるまでには長い歴史がありました。天体現象だけでなく、時の政治・経済・社会、権力や宗教などが絡み合って、その歴史は世界史そのものと言えます。とてもここに記すことはできないので参考書を一冊:永田久著『暦と占いの科学』新潮選書。言いかえれば、それだけ、暦と社会が密接に関係していたということです。

 年末・年始のニュースで、来年度の予算が話題になっていましたが、経済関係では4月1日に始まる会計年度というものがありました。会計年度と言っても、アメリカでは7月1日から始まるということです。これも、それぞれの歴史があるはずです。

 そういえば、一日の始まりについても同じようなことがあります。現在、私たちが使っている時間と暦では、深夜0時に日付が変わります。これには、昔人間社会の活動が最も少ない時間、日付の更新が日常生活に及ぼす影響を最小限にしようとする配慮が感じられます。人間の活動が24時間途切れなくなった現在、もし、改めて一日の始まりを決めるとしたらいつになるでしょうか。

 昔、イギリスで年末・年始を過ごしたことがありますが、やはり時計が0時を過ぎたときに、新年の気分を味わいました。しかし、考えてみれば、日本より9時間遅れての正月でした。日本時間で考えるべきか現地の時間で考えるべきか、少し「めずらしき心地ぞする」経験でした。もし、火星で新年を迎えるとしたら・・・。だんだん頭がこんがらがってきます。

 今日私たちが使っている時も暦も、合理・非合理が交じり合い、人為的にあるいは自然に淘汰された進化の結果です。進化と言えば、イギリスの自然科学者チャールズ・ダーウィンが生まれてから200年、進化論を最初に提唱した『種の起源』が出版されてから150年になります。今年は、世界天文年とともに、科学の歴史にとってもう一つ記念すべき年でもあります。本年もよろしくお願いします。