失われそうな時を求めて(2)

仙台市天文台のミッション:「宇宙を身近に」

 

 仙台市天文台に来館されると、いろいろな場面で「宇宙を身近に」という言葉を見聞きすると思います。これは天文台の「ミッション」を分かりやすい言葉で表現したものです。天文台の「ミッション」とは聞き慣れない言葉かもしれませんが、天文台の「アイデンティティ」の中核をなすもので・・・。再び聞き慣れないカタカナ言葉を使って申し訳ありません。こうした言葉は、12年前、天文台が錦ケ丘に移転後、開館に向けた準備・研修のときに天文台スタッフ全員で議論したテーマなのです。私もこれらのカタカナ言葉に戸惑ったのですが、当時の記憶をたどりながら復習してみます。

 開館に向けた研修で興味深かったのは、社会教育施設としての天文台の新しいイメージです。これまで、科学館や博物館などは(天文台も含めて)建物や収蔵品など「物の集まり」と考えていました。しかし、新しい考え方では、こうした施設も人間と同じように、他の施設と区別されるような、変わらぬ独自の個性や特徴を持つ、つまり人間と同じようにアイデンティティを持っていると考えるのです。その最も大切な要素が「ミッション」というわけです。

 ミッション(mission)を英和辞典で引くと、「使命」とか「任務」とあります。従って、「天文台のミッション」とは「社会教育施設として、天文台に与えられた使命、あるは果たすべき任務」となりますが、天文台のミッションは何か、それをどう表現するか、それが問題でした。こうしたテーマをスタッフ全員で議論を重ね、ミッションを、できるだけ親しみやすい言葉を選び「宇宙を身近に」としました。そして、行動の指針として、市民の皆さんが「宇宙を身近に」感じられるような活動をしようと全員で確認したのです。次の問題は、それを具体的にどう実現するかということになりますが、3年毎に中期計画・目標を設定し、毎年その結果・成果を評価・反省しながら、活動を続けることになりました。

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▲加藤小坂ホールでの議論(ブレインストーミング)

 

 思い起こすと、最初、アイデンティティやミッションなど、カタカナ語に戸惑いましたが、特に、「ミッション」という言葉は「苦手」でした。というのは、英語のmissionというと、まず、外国に派遣されたキリスト教の宣教師や軍隊の使命・任務という非常に深刻な重い意味が頭に浮かび、天文台に「ミッション」は大げさ過ぎるような気がしたのです。しかし、こうしたカタカナ語がビジネス業界あるいは博物館業界でも、業界用語として広く使われていることを知りました。カタカナ語には少し抵抗がありましたが、新しい天文台が、ビジネス感覚を取り入れ、社会教育施設としての価値をより高めるよう積極的に活動しようという意欲の表れと理解しました。

 「宇宙を身近に」という言葉は、親しみやすくやさしそうに聞こえますが、考えてみるとチョット「難しい」言葉です。「宇宙」は人間生活にとって最も縁遠い存在です。それを「身近に」とは矛盾・対立する組み合わせです。いろいろな考えがあると思いますが、私は「宇宙の理解が深まって宇宙が身近に感じられる」ようになるといいなと思っています。人間同士、苦手な相手でも、理解が深まると心理的距離が縮まり身近な存在になります。

 天文台には、宇宙を身近にする工夫が色々ありますが、特に重要視しているのはアイデンティティの可視化、見える化です。視覚的にミッションを理解してもらおうというわけですが、そのために「VI」があります。VIとはビジュアル・アイデンティティ=Visual Identityの頭文字をとったもので、ミッションを可視化するために、身近なモノと天体・宇宙とを組み合わせて「比喩的」にデザイン化したものです。一種の謎解きにもなります。その一例がフラフープで遊ぶ少女と土星を組み合わせたイラストです。回転するフラフープ(環)から土星の環を連想していただこうという趣旨です。VIにはいつも矢印が付随していますが、これは天文台のロゴマークで、注目を促すサインです。矢印の先に注目してもらいたいモノ・宇宙を見つけることができます。(注1) VIのコンセプト、基本デザインは英国の著名なデザイナー、マイケル・ジョンソン氏によるものです。

※VIとマイケル・ジョンソン氏について⇒詳細はこちら

   

 VIの応用例として、是非紹介したいのがスタッフの名刺です。 実は、ここで名刺の詳しい説明をしようと思ったのですが、以前に「名刺の使命」と題してブログに書いたことを思い出しました。「失われそうになった時(記憶)」です。実は、天文台スタッフの名刺は、その角を折り曲げることで「完結」するのですが、それが当時少し(ネガティブな)問題になっていました。ところが、プルーストの『失われた時をもとめて』によると、昔のフランスの上流社会では、名刺の角を折り曲げる習慣があったというのです。続きは「名刺の使命」をご覧ください。(注2)「名刺の記憶」をリフレッシュしたところで、とりあえず、今日はここまで。

 

注1: 現在、VIを募集中です。天文台ウェブサイトの【募集】VIアイデアイラスト募集のお知らせをご覧ください。(2020年8月1日〆切)

 

注2: 本ブログ「ときどき土佐日記」の「名刺の使命」(2013年5月30日掲載)

 

注の注: このブログには「注」がたくさんありますが、『失われた時を求めて』をまねしたものです。この小説の日本語訳にはたくさんの注釈があり、読者の理解を助けています。同じ趣旨です。