失われそうな時を求めて(1)

「アイスブレイク」

 

 錦ケ丘に移転した仙台市天文台は2008年7月1日に開館しましたが、実は新天文台の組織は3か月前の4月1日に発足し、開館に向けた準備が始まりました。私は4月1日から台長として勤務することになりましたが、今から12年前のことです。思い出すことがいろいろありますが、記憶が薄れていることも多いはず・・・。「記憶は思い出すことによって強化される」と聞いたことがありますが、古いメモリーはリフレッシュが必要のようです。そこで、思いつくまま「失われそうな時(記憶)」(注1)をたどって記そうと思うのですが、蛇行や脱線があってもご容赦下さい。今日は第1回、天文台発足前後の記憶をリフレッシュ。

 

 4月1日、全国から集まったおよそ30余名の新しいスタッフがオープンスペースに集合して記念撮影を行い、新しい天文台の業務が始まりました。小野寺副台長(当時)の指導で、開館に向けた研修がスタート、まず初対面の人々と打ち解けるために「アイスブレイク」(注2)。最初の会話は照れくさいような恥ずかしいような。自己紹介をしたり(他人に代わって)他己紹介をしたり、ゲーム感覚で「遊ぶ」うちに、小中学校に入学したような新鮮で素直な気持ちになって打ち解けました。研修でまず気になったのは、「アイスブレイク」を始め、「ミッション、アイデンティティ・・・」などふだん使わないカタカナ語があふれていることでした。「専門的雰囲気」についていけるかなと思ったのですが、研修プログラムがよくできていて、いろいろ大切なことを学ぶことになります。

    

 さっそく脱線ですが、「アイスブレイク」で思い出したことがあります。昔(古い記憶!)、1979年から80年にかけて)ウェールズの首都カーディフにあるカーディフ大学(注3)に研究員として2年間ほど勤務したことがあります。そのとき、カーディフ郊外の住宅地に家を借りたのですが、隣人が親切ですぐに親しくなりました。「皆さんが友好的で親切」と近隣の人びとの感想を述べところ、次のような話をしてくれました。

  ウェールズの人はフレンドリーで、ウェールズを訪れた人は、最初は薄い氷の壁があるように感じるかもしれないが、ちょっと努力すれば氷はかんたんに破れすぐに親しくなれます。しかし、氷の壁は隣のイングランドに向かって厚さを増し、(ウェールズとイングランドの境界付近を流れる)セバーン川に近づくと、いくら頑張っても破ることができなくなる、ということでした。この話を、イングランドに滞在中の日本から来た友人に話したところ、彼の家族も「厚い氷」を破るのに苦労しているということでした。イングランドとウェールズの関係は、昔の東北と東京、あるいは日本と近隣の国との関係に似ているような気がしました。隣人の話は、冗談好きのウェールズ人が、「隣国」の優越的差別意識を揶揄した皮肉たっぷりの冗談でした。この話を思い出しながら、人と人との間の心理的距離を氷の厚さにたとえるとは実に自然な比喩で、比喩であることを忘れそうでした。これもリフレッシュが必要かもしれません。

 

 脱線が長くなり過ぎました。記憶は記憶を呼び、連想の連鎖が止まらなくなりました。実は、「アイス」を溶かした後、天文台のミッション(「宇宙を身近に」)について書こうと思ったのですが、それは次回に。

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注1:マルセル・プルーストによる長編小説『失われた時を求めて』からの「借り物」です。この小説については別の機会に。

注2:アイスブレイク:初対面の人々が打ち解けるために行う「儀式」のようなもの(辞書を引いてください)。

注3:カーディフ大学は、英国の有名な天文学者サー・フレッド・ホイルが晩年籍を置いていた大学です。セミナーのとき何度かその姿を見ました。また、仙台市天文台でお世話になった二間瀬敏史先生が、当時、大学院生として在学中でした。