火星接近に寄せて(空想小話)vol.2

火星人の未来と地球人の未来(その2)


火星人が地球を観察して最も注目したのは、地球上どこの国の言葉にも「平和・思いやり・助け合い・分かちあい・友愛...」といった美しい言葉があることでした。このような言葉を聞いて火星人は地球人と仲良く共存できるのではないかと考えたのです。これが地球移住計画の発端でした。しかし、注意深く観察すると、必ずしも言葉どおりではありませんでした。特に民族や国が異なると、これらの言葉とは全く反対のことがしばしば起こるのです。宇宙から見ると、そのような美しい言葉が地球全体で実現しているわけではないことを知って火星人は失望しました。


火星人が注目したことは他にもいろいろありましたが、なかでも地球人の資源や富の配分は、火星人には理解しがたいことでした。火星では、資源や富は必要な量を分かち合って出来るだけ無駄の無いように生活してきました。それは、資源の少ない火星で皆が生きのびるためには特に大切なことでした。しかし、地球人は必要な量をはるかに超える資源や富を少数者が独占しています。そのため浪費が多く、貧富の差が極端に大きいのです。地球で最も豊かとされるアメリカという国の場合、全体の5%未満の人たちに、全アメリカの半分以上(約60%)の富が集中しているというのです(注2)。国と国の間にも大きな格差があります。火星人には理解できないのですが、地球では資源や富を無制限に独占することが許され、さらに、独占や格差を固定化するような政治・経済システムがあるようです。地球は火星に比べるとはるかに自然や資源の豊かな惑星なのになぜ貧しい人々が多いのか、火星人にとって理解し難いことでしたが、その理由がここにあるのでしょうか。


貧しい人は富が少ないだけでなく、生活や人生における選択の余地も限られ、劣悪な条件でも過酷な労働に従わざるを得ません。昔の奴隷制度が形を変えて今も残っているようです。もし、火星人が地球人に受け入れられたとしても、より厳しい奴隷的状況に置かれるのではないかと恐れます。体力のない火星人には耐えることが難しいでしょう。

 

火星人にとってもう一つ心配なことは、地球人による核の利用です。ひとたび核兵器が使われたり、あるいは原発が大事故を起こしたりミサイル攻撃を受けたりしたら、地球人の手に負えない状況になり、それが長期間続くことになります。火星人の手にも負えません。その危険性は地球人もよく知っているようで、警備や機密保持、あるいは市民の監視が強化されています。また、地元には「理解」を得るために膨大なお金が注がれています。その結果、社会や人間関係に信頼や自由が失われ、民主的な地域社会が崩壊します。さらに原発から生じる放射性廃棄物の安全な処理方法もまだ地球人は知りません。放射性廃棄物は厳重に隔離され、百年も千年もその先まで厳重に管理されねばなりませんが、今の地球人にそれができるかどうか疑問です。火星人にとってもそれらを追跡することは不可能です。ということは、もし100年先に可能になったとしても、火星人の地球移住は大変危険なものになる可能性があります。


地球は豊かな惑星ですが、地球人がこれまでのような生活や争いを続ければ、遅かれ早かれ資源が枯渇し、さらに地球温暖化や人口爆発によって環境や人間関係が破壊され、地球人の生存は危うくなるでしょう。今回の地球接近では、世界各地で紛争や緊張を高めようとする動きが活発で、一層の危機感を覚えました。火星人は、自分たちだけでなく、地球人の未来もたいへん心配しているのです。火星人は忠告します。もし、子孫のために少しでも生存の可能性を伸ばしたいなら、地球人はもっと宇宙的な眼で自分たちを見るべきです。「宇宙を身近に!」。



(注2)小林由美『超・格差社会 アメリカの真実』日経BP社、15頁。


◆広報担当からおことわり

この「お話し」は台長の「空想」による創作です。火星人については、これまでに何回か探査機が火星に着陸して調査していますが、その存在も、かつて存在したことを示す痕跡も見つかっていません。
 (台長からひと言。この「おことわり」は、「読者がこのお話を事実と誤解してはいけない」という広報担当者の老婆心...。老婆心ではなく、優しい乙女心、思いやりから記されたものです。)