火星接近に寄せて(空想小話)vol.1

火星人の未来と地球人の未来(その1)


4月に地球に最接近した火星は、まだ日没後の南の空に赤く輝く姿が目立ちます。5月末には、逆行から順行に転じ、そろそろ地球から遠ざかる準備をしているようです。

火星は、昔から占星術などで戦いの星、不吉な星とされていたようです。赤い色が血を連想させるからでしょうか。

このところ、世界中いたるところで戦争・紛争、災害、事故・事件、あるいは人種差別や排外主義勢力の進出など、気になることがたくさんあります。もし占星術が信じられていた時代だったら火星の置き土産と解釈されたかも知れません。


火星は地球のとなりを公転する惑星ですが、地球の公転周期との関係で、およそ2年ごとに地球に近づきます。望遠鏡が発明されると、火星の接近ごとに詳しい観測がおこなわれ、新しい発見がありました。天文学の発展とともに占星術を信じる人は減りましたが、火星表面の模様やその季節変化などから、火星には高度な文明を持った生命、火星人が存在すると考える人も現れました。


およそ100年あまり前、イギリスの作家H・G・ウェルズは、環境悪化によって火星に住めなくなった火星人が地球に移住すべく地球侵略を計画したと空想し、SF小説『宇宙戦争』(1898年)を著わしました。『宇宙戦争』の冒頭、「...。この地球が、人間をはるかに凌駕する知能を持ちながら人間と同様にかぎりある命しかもたない生物によって周到綿密に観察されており、人間がさまざまな営みにあくせくするあいだ、人間が顕微鏡で一滴の水中に群がり繁殖する微生物を丹念に調べるのに匹敵する精度で、観察と研究はつづけられているのだ...。」(注1)とあります。そして、ついに火星人は地球侵略を開始し、地球を徹底的に破壊し尽くしたのでした。

『宇宙戦争』はその後も世界中(地球中)で読み継がれたのですが、実は、火星人は地球移住を思いとどまったのです。その理由は次のようなものでした。火星人はウェルズが想像したような無慈悲で残虐な生き物ではありませんでした。極端に少ない資源とエネルギーを分かち合い、助け合い、究極のECO生活を営む、思いやりのある優しい生き物だったのです。だからこそ資源が極端に少なく、環境も厳しい火星で生き延びることができたのでした。

そのような火星人が見た地球は、国という単位に分割され、国境や国益をめぐって争いが絶えることがありません。火星には、国境もなければ、国益という概念もないので、火星人には理解しがたいことでした。火星人は、地球の至る所で勃発する戦争や残虐行為に恐れをなしていたのです。もし、地球に移住したとしても、地球人が歓迎してくれそうにありません。小さな無人島の帰属をめぐって国を挙げて争う地球人が、火星人のために生活の場を提供してくれるとはとても思えません。さらに、出自や肌の色が違うだけで差別されるような社会では、地球人とはだいぶ体型の異なる火星人はどんな扱いを受けるでしょうか。見世物にされる恐れもあります。


実は、ウェルズの空想に反して、火星人は「人間をはるかに凌駕する知能」を持っていたわけでもなく、また戦争も得意ではなかったのです。もし、戦争などをしていたら、資源の少ない過酷な環境の火星では、火星人はとうの昔に絶滅してしまったはずです。火星人にしてみれば、少ない知恵を絞って、なんとか生きる道を探し続けてきたのでした。その一つが「戦争をしないこと」でした。だから、もし地球に移住するために地球人と戦わなければならないのなら、移住を中止する他ないと考えたのです。そして、彼らが火星であと何年生存できるかを再検討しました。その結果、今のような生活を続ければ、少なくとも数百年は火星で生きていけることがわかりました。と言うことで、ウェルズの空想に反して、火星人は地球移住を延期し、地球の観察を続けるとことにしたのです。


(つづく)


(注1)H・G・ウェルズ『宇宙戦争』中村融 訳、創元SF文庫。


◆広報担当からおことわり

この「お話し」は台長の「空想」による創作です。火星人については、これまでに何回か探査機が火星に着陸して調査していますが、その存在も、かつて存在したことを示す痕跡も見つかっていません。

(台長からひと言。この「おことわり」は、「読者がこのお話を事実と誤解してはいけない」という広報担当者の老婆心...。老婆心ではなく、優しい乙女心、思いやりから記されたものです。)